07, 10, 2020

【4K】疫病を払う京都の守り神:京都府・八坂神社 (Yasaka Shrine | The guardian deity of Kyoto to ward off plagues)

2020-07-10に公開
神社ワンカット紀行 Shinto Shrine Tour Channel

※この動画はコロナウイルスによる緊急事態宣言解除後に撮影しています。 ※チャンネル登録、高評価、是非是非(*´ω`*) https://www.youtube.com/channel/UCLlxwEjrurRyyR6fucWfW1g?view_as=subscriber どうも、管理人のヒロリンです。 新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている昨今、京都に疫病退散のご利益がある神社があると聞いて先日撮影に行ってきました。それが祇園を代表する観光スポットとしても有名な八坂神社です。 日本有数の花街・祇園に位置し、地元の人たちから「祇園さん」と親しみを込めて呼ばれる八坂神社(やさかじんじゃ)。 毎年7月に行われる祇園祭は日本三大祭の一つに数えられ、幕開けの行事「吉符入(きっぷいり)」から31日の「疫神社夏越祭」まで、1カ月にわたり様々な神事・行事が繰り広げられます。 四条通りの突き当りに位置する西楼門が八坂神社のシンボルとして有名ですが、これは正確には正門ではなく、そこから外れたところにある石鳥居がある南楼門が正門(動画内では0:32で登場)。信仰心の篤い人は一度大通りを外れ南楼門から入る人もいるとか。 現在の八坂神社の本殿は、5度に及ぶ焼失の後、1654年に4代将軍・徳川家綱の命で造営されたもの。もとは2棟に分かれていましたが、本殿と拝殿を一つの屋根で覆った構造で「祇園造」という独特の建築様式で建てられています。 本殿には一般の参拝客は立ち入ることは出来ませんが、中央に主祭神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)、東にその妻であるく櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、西に夫妻の子供たちである八柱御子神を祀っています。 本殿の下には清らかな池があり、今は漆喰で塞がれていますが、昔は青々とした水を床下に見ることができたといわれています。 八坂神社で祀られている素戔嗚尊(すさのおのみこと)は「国生み・神生み」の神・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が禊を行った際、鼻をすすいだ時に生まれた神様。 『古事記』によると、高天原(たかまがはら)での素行のせいで天上界を追放された素戔嗚尊は出雲の地に降り立ちます。そこで、8つの頭と8つの尾をもつ巨大な怪物・八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して生贄の少女を救出します。この少女が後に妻となる眉目秀麗と名高い櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)です。 素戔嗚尊と櫛稲田姫命との間には八柱の御子神がいるとされ、総称して八柱御子神と呼ばれました。この中には「お稲荷さん」として親しまれる、京都の伏見稲荷大社の主祭神・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)も含まれています。 素戔嗚尊は、その力強さから疫病をもたらしたり、その反対に退けたりする疫神とみなされました。後に、同じく疫神とされる牛頭天王(ごずてんのう)と習合し、八坂神社に祀られることになります。これが疫病封じを祈る祇園信仰の始まりです。 そんな八坂神社には疫病を退散させるために境内社や祭事に、古来の人々から脈絡と受け継がれた願いが込められています。 コロナウイルスが猛威を振るっている昨今、まず外せないのが西楼門をくぐった先にある「疫神社」(動画内では1:59に登場)。疫神社の御祭神は蘇民将来命(そみんしょうらいのみこと)。 武塔神(むとうしん)という神が旅をしていたとき、蘇民将来という男に一夜の宿を借り、そこで貧しいながらも心を込めたもてなしを受けたことに感激し「『蘇民将来の子孫です』と記した茅の輪を身につければ疫病より免れるようにする」と約束。 この伝承に由来し、祇園祭の最終日に疫神社の鳥居の前に大きな茅の輪が掛けられ、ここをくぐったものは疫病が祓われるとされています。 また、八坂神社を代表する祇園祭も初めは疫病退散のためにはじめられた祭でした。西暦869年、この年に貞観(じょうがん)地震・津波等の災害、疫病が大流行します。疫病の大流行が確認されたのがその年の5月26日。そのわずか10日後に平安京の庭園・神泉苑(しんせんえん)に当時の国数にちなんだ66本の鉾を立て、神輿を送り、疫病退散を祈ったのが始まりです。 様々な神社が祈祷を行ったが収まらなかった当時の疫病。八坂神社が祇園祭を始めとする祈祷を行ってようやく終息したとも伝えられており、コロナウイルスが猛威を振るっている今だからこそ参拝したい神社ですね。 Yasaka Shrine, once called Gion Shrine , is a Shinto shrine in the Gion District of Kyoto, Japan. Situated at the east end of Shijō-dōri (Fourth Avenue), the shrine includes several buildings, including gates, a main hall and a stage. The Yasaka shrine is dedicated to Susanoo as its chief kami, with his consort Kushinadahime on the east, and eight offspring deities (yahashira no mikogami) on the west. Susanoo-no-mikoto is a great god in Japanese mythology, known for his defeat of Yamata-no-orochi (a large serpent with eight heads: a symbol of many disasters), redemption of Kushiinadahime-no-mikoto, and produced the ground great-discernment on the earth. According to the legend of the shrine, its history may go back as far as 150 years before the Heian era, AC656 (the second year of the reign of Emperor Seimei). Along with the development of the capital, adoration to the shrine spread widely all over Japan. Today, approximately 3,000 satellite shrines exist in various parts of Japan. Gion festival is a magnificent and splendid festival that has been held by Yasaka Shrine for the past one thousand one hundred years. It began in AD 869 (Jogan 11th year) when the plague raged through not only Kyoto but all of Japan. Thinking that the disaster had been caused by the curse of Gozu-Tennou, the people of Kyoto attempted to appease the god of Gion and pray for deliverance from the disaster by building 66 Hokos in Shinsen-en, a vast garden in Heian-kyo, and carrying around a portable shrine. The number 66 represents the number of Japanese provinces in those days. Yasaka Shrine has been praying for the elimination of plagues for a long time. Now that the coronavirus is rampant, the shrine is a place to visit.